2014年05月12日

和田昭治さんがお亡くなりになりました

和田昭治さんが、4月19日にお亡くなりになりました。
和田さんは、谷リーダー(79歳)より6歳年上だったと思います。

Mr_Wada.jpg

メディアなどでは殆ど伝えられていませんが
ステージ101に出演されていた、藤島新さんのツイッターに
書かれていた・・・、という知らせを
hamayoungさんからいただきました。

デュークの、初代リーダー和田昭治さんの歌声は、
ソノシートや古いレコードでしか聴いたことがありませんが
谷リーダーに引き継いだ後も
デュークをバックボーンとして支えていました。

来年の、デューク60周年のステージでは
和田昭治さんや、もしかしたら小保方淳さんの
ゲスト出演などを淡く期待していました。

写真はリーダー時代のレコード・ジャケットからです。
哀悼の意を表したいと思います。

てんてこ舞い
posted by てんてこ舞い at 07:40| Comment(10) | デューク・エイセス\資料と雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
日本の音楽発展に寄与された偉大な方です。
偉大なる父親の存在で作曲を躊躇っていた服部克久さんに
作曲家の道を勧めたのも和田さんで、デューク脱退後は
デュークの歌唱指導。江利チエミさんのコンサートの編曲。
弘田三枝子さんのシングル曲やテレビ「シャボン玉ホリデー」でも
宮川泰さんと共に音楽を担当されていました。

かなり高齢とはお聞きしておりましたが、報道等も無く
ご自身の御意向でしょうか?
愛弟子、尾崎紀世彦さんの後に逝かれたのですね。

和田さんと谷さんが出会わなければデュークも存在しなかったわけですから本当にありがとうございましたと感謝の気持ちです。

ご冥福をお祈りいたします。
Posted by まさ at 2014年05月12日 09:05
まささま、
こんにちは、てんてこ舞いです。

小保方さん時代の「夢であいましょう」から
デューク・エイセスを聴き(観)始めた僕は
当初、和田昭治さんのことは知りませんでした。

デュークの掲示板や、
このブログを始めた10数年前から
和田さんを意識し始め、そして、
谷リーダー著「人生はハーモニー」や
中古レコード、そしてお借りした音源から
和田さんの重さを認識したのでした。

ネットでは、
コメディアンのように楽しいお方であったとかの
記事も見かけますが昔の写真、いい顔していますね。
最近の写真は見つかりませんでした。

一昨日の
BSフジ「デューク・エイセス、日本の心を歌う」の収録が
4月22日だったことを考えると
デュークの皆様は「和田さん他界」のことを心に秘めながら
収録していたのでしょうか・・・ちょっとシンミリです。

コメント、ありがとうございました。

てんてこ舞い
Posted by てんてこ舞い at 2014年05月12日 10:29
コンサートでは、谷さんがデュークの結成当時の話をする際に、
「和田昭治さんと私が1955年に始めた」という説明を
よくされている気がします。
和田さんがいなかったらデューク・エイセスは始っていなかった
事を考えますと、素晴らしい音楽を届けてくれた音楽家の和田さんに、
ありがとうございましたと言いたい気持ちです。
Posted by hamayoung at 2014年05月12日 23:03
hamayoungさま

こんにちは、てんてこ舞いです。

コンサートやテレビの谷リーダーの昔話は
僕、結構好きなんですね。
僕の時代より少し昔のお話なんで
興味深く聞けます。

それから、
教えていただいた下のブログの
告別式を載せているページを見ました。
http://marionet.at.webry.info/201404/article_6.html

メールとコメント、ありがとうございました。

てんてこ舞い
Posted by てんてこ舞い at 2014年05月13日 15:58
私もてんてこ舞い様と同様に、和田昭治さんのことを知らなかったのです。
和田さんのことを知る程に、日本の音楽を豊かに楽しくしてくださった方なのだとしみじみ感じたものです。素晴らしい音楽を本当にありがとうございました。
昨日、この記事を読んだ後、手元に僅かにある和田さんの歌(デューク時代と脱退後のもの)を聴きました。
和田さんの歌声は明るさが本当に魅力的です。声質、発声、歌唱…と聴いていて胸がスカッとするのです。
「行くぞ!ライオン丸」は歌唱の瑞々しい感覚がとても好きですね。
デュークのハーモニーの明るさの根本は、創設した和田さんの明るさにあるかもしれない、と歌を聴きながら思いました。
ご冥福をお祈り申し上げます。
Posted by リアス at 2014年05月13日 19:56
リアスさま、こんにちは。

なるほどです。リアスさんが仰るとおり、
デュークの明るさのルーツは和田昭治さんだったのですね。
和田さんにシンクロして出来上がったのが
デューク・エイセスだったのですね。

初期の、
「寿限無の嘆き」や「こいさんと丁稚どん」の
「笑いとペーソス」も知性とトリッキーを感ずる
和田さんの感性だったのです。

うーむぅ、リアスさん、目からウロコでした。
コメント、ありがとうございました。

てんてこ舞い
Posted by てんてこ舞い at 2014年05月14日 08:31
谷道夫さんが79歳ですから、オリジナルメンバーの和田昭治さんもかなりのご高齢と、以前から想像していました。お亡くなりとは残念、かつ時代の流れを感じます。また昭和の人が彼岸に旅立ちました。

小学生の時に聞いた「丁稚ドン」「与太郎」(朝日ソノラマ)などは和田さん時代のものでした。Youtubeなどでもその時代のものがアップされていましたね。谷さんとともに今のデュークの方向性を決定付けた才能豊かな方でした。

瞑目し合掌。
Posted by Jess at 2014年05月15日 08:15
亡くなられましたか。この人がいなかったらデュークはなかったわけで寂寥感 強く持ちます。
初めて和田さんの声を聴いたのは50年前、4歳年上の方が持っていたデューク シングのLPで3曲目の黒人霊歌(ユーベターラン)でした。譜面も見せてもらいました。編曲 和田昭治と書いてありました。GGQの同じ曲聞かせてもらい(すごいなー。)と音楽音痴の私でも感動し、黒人霊歌ファンになっていったのです。
101をTVで見て(この人がデュークを育てた人か。)いつも確認していました。(丁稚どん)にはGGQのスイング感が盛り込まれています。ありがとう ございました。
安らかに お眠り下さい。 合掌。
Posted by 京都 HIROSE at 2014年05月15日 18:02
Jessさま

こんにちは、てんてこ舞いです。

>>> また昭和の人が彼岸に旅立ちました <<<

はい、
デュークのメンバーだった、
谷口安正さん(1939-1990)、
飯野知彦さん(1953-2009)のほかに思い出すだけでも
デュークの協力者や音楽仲間だった、
中村八大(1931-1992)、いずみ・たく(1930-1992)、
横内章次(1933-1996)、八木正生(1932-1991)・・・
と、殆どが1930年代の生まれでした。

昭和を彩ったその音楽性は、
団塊の青春を賛歌してくれました。
うーむぅ、いけませんね。
昔は良かったという愚痴になりそうです。

コメント、ありがとうございました。

てんてこ舞い
Posted by てんてこ舞い at 2014年05月15日 19:48
HIROSEさま

こんにちは、てんてこ舞いです。

HIROSEさんは、50年前にこのレコードを聴かれたのですね。
若い頃の感性は強烈なので、心に鮮烈に食い込んだと思います。

僕が和田さんを初めて聴いたのは10年くらい前だったので
感性がやや鈍ったころでした。
こういう音楽は若い頃に聴きたかったといつも思います。

そしてHIROSEさんが
黒人霊歌ファンになっていったというお話は・・・なんというか、
僕も同じだったといつも思います。

コメント、ありがとうございました。

てんてこ舞い
Posted by てんてこ舞い at 2014年05月15日 19:49
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