2018年08月13日

あの歌、この曲\慕情 「LOVE IS A MANY SPLENDORED THING」

1955(昭和30)年の、
アメリカ映画 「慕情/LOVE IS A MANY SPLENDORED THING」 の主題曲です。
昭和30年代には、多くのコーラス・グループが歌っていました。

● こちらが、サウンド・トラック(オーケストラ)です。
  YouTube → https://youtu.be/kFJeE_fynjM

● この曲をフォー・エイセス (FOUR ACES) が1955(昭和30)年に歌って
  全米チャート1位になりました。

  この音源を懐かしく感じるのは、僕が小学生の頃、いつもラジオから
  流れていたからだと思います。
  YouTube → https://youtu.be/VZz9DHk5lw0

  下は音質が良くステレオなので、その後の別録(年代不明)と思われます。
  YouTube → https://youtu.be/bKcg1vBfxAE

  下は何十年後かのメンバーが入れ替わったフォー・エイセス(動画)です。
  YouTube → https://youtu.be/xHaY-Hlqy6s

● この曲を日本ではデューク・エイセスが歌いました。

  1961(昭和36)年、小保方時代の 「慕情」 です。
  YouTube → https://youtu.be/1NxhbbzvdPM
  ソロとコーラス主旋律は主に谷リーダーです。
  小保方さんと吉田さんの聴き分けが難しいです。

  1980(昭和55)年、谷口時代の 「慕情」 です。
  YouTube → https://youtu.be/RyTtwK8f4QU
  この時は、一番のソロとコーラス主旋律を谷口さん、
  二番のソロとコーラス主旋律を谷リーダーが歌いますので、
  バック・コーラスの吉田さんがトップとセカンドと、もしかすると
  バリトン・パートまで歌い分けている?などの工夫を感じます。
  このアレンジのパート分担は凝っていますので聴分けが楽しいです。しかし、
  部分的には、僕の分析能力を超えますので聴き違っているかもしれません。

  2002(平成14)年、飯野時代の 「慕情」 です。
  YouTube → https://youtu.be/0aRlJPz0-bY
  飯野時代からのソロは全部谷リーダーです。

  2017(平成29)年?、大須賀、岩田時代(動画)です。
  YouTube → https://youtu.be/I-z0OoexgXA

  他にCD「珠玉のライブ」に1980(昭和55)年の谷口時代があります。

● メローメン (MELLOMEN) も歌っていました。(1956)

  YouTube → https://youtu.be/7jRTJqDS2Kk

● フォア・ラッツ (FOUR LADS) も歌っていました。(1960頃?)

  YouTube → https://youtu.be/Mso3aRxWnTY

● フォア・フレッシュメン (FOUR FRESHMEN #4) はジャズ・アレンジです。(1962)
  YouTube → https://youtu.be/HVF_EcjHdnU

● レターメン(LETTERMEN)は草食系で軟弱とも言われました。(1968)

  YouTube → https://youtu.be/ibftfzym5JI

● プラターズ(PLATTERS)はソロ主体です。(1994)

  YouTube → https://youtu.be/MX94m_1SDEg
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2018年08月07日

CD\タイム・ファイブ\スーパー・ハーモニー (2001年)

初めて買ったタイム・ファイブです。
歌謡曲からジャズ・スタンダート、ディズニー、ミュージカルなどの
お馴染み曲が "これでもか" というほどの "てんこ盛りCD" です。

収録曲は既存アルバムからの抜粋と思われますので、
ベスト盤とも言えますが、ブックレットには下記3曲が新録、
と書いています。よって、ベスト盤とは言わずに
「スーパー・ハーモニー」 という新譜的なアルバム名です。

・・・ 新録 ・・・
● 01 オーバーチュア〜スーパー・ハーモニー〜
● 03 見上げてごらん夜の星を
● 20 夢で逢いましょう

この盤の"スーパー"なモダン・ハーモニーについては
拙文よりも聴いて頂くほうが手っ取り早いです。
試聴(各曲45秒)は http://diskunion.net/jazz/ct/detail/X070-104447 です。











  歌詞の8〜17頁は掲載を省略しました。





タイム・ファイブがお手本としたフォー・フレッシュメンは、
ソロにバック・コーラスを殆ど付けませんが、
このアルバムのタイム・ファイブは、
バック・コーラスをほぼ付けています。
メンバーが5人いますので4声のバックが可能ですが、
そうなっているかどうかは、僕の耳では分かりません。

そして、
曲によっては雰囲気がシンガーズ・アンリミテッド風ですが、
それを意識して編曲あるいは録音したかどうかは分かりません。

ぅーん、
シンガーズ・アンリミテッドを思わせるアルバムよりも
フォー・フレッシュメンをプンプン感ずるジャズ・アルバムを
探してみたいと思います。
これは僕の好みを言っているだけで、評価ではありません。

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
タイム・ファイブ\スーパー・ハーモニー\TIME FIVE\SUPER HARMONY
(COLUMBIA COCB-53004 2001-11-21 ¥2,300) CD
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=

1stボーカル:田井康夫(たいやすお)
2ndボーカル:野口鎮雄(のぐちしずお)
3rdボーカル:勅使河原貞昭(てしがわらさだあき)
4thボーカル:吉村晴哉(よしむらはるや):アレンジ
5thボーカル:杉江浩平(すぎえこうへい)

01 オーバーチュア〜スーパー・ハーモニー〜
  OVERTURE〜SUPER HARMONY〜

02 夜空ノムコウ
03 見上げてごらん夜の星を
04 上を向いて歩こう
05 星に願いを\WHEN YOU WISH UPON A STAR

06 ディズニー・メドレー\DISNEY MELDEY
  ハイ・ホー\HEIGH-HO
  4月の雨\LITTLE APRIL SHOWER
  ジッパ・ディー・ドゥー・ダー\ZIP-A-DEE-DOO-DAH
  ビビディ・バビディ・ブー\BIBBIDI-BOBBIDI-BOO
  いつか王子様が\SOME DAY MY PRINCE WILL COME
  デビー・クロケットの唄\THE BALLAD OF DAVY CROCKETT
  ソウ・ディス・イズ・ラヴ(これが恋かしら)\SO THIS IS LOVE
  ラ・ラ・ルー\LA-LA-LU

07 スターダスト\STARDUST
08 オン・アンド・オン\ON AND ON
09 ナッシングス・ゴナ・チェンジ・マイ・ラヴ・フォー・ユー
  NOTHING'S GONNA CHANGE MY LOVE FOR YOU

10 マリア〜サムホエア\MARIA〜SOMEWHERE

11 グレン・ミラー・メドレー\GLENN MILLER'S MEDLEY
  イン・ザ・ムード\IN THE MOOD
  ムーンライト・セレナーデ\MOONLIGHT SERENADE
  タキシード・ジャンクション\TUXEDO JUNCTION

12 恋した時に\WHEN I FALL IN LOVE
13 ケンタッキーの我が家\MY OLD KENTUCKY HOME
14 マイ・ファニー・バレンタイン\MY FUNNY VALENTINE
15 サイレント・ナイト\SILENT NIGHT
16 時の過ぎ行くままに\AS TIME GOES BY
17 虹の彼方に\OVER THE RAINBOW
18 センチメンタル・ジャーニー\SENTIMENTAL JOURNEY
19 ドリーム\DREME
20 夢で逢いましょう
てんてこ舞い\CD
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2018年07月19日

ドライボーンズ・クラブ会報 No.51〜No.56 (最終回)

Duke Aces Official Fan Club
Dry Bones Club Newsletter No.51〜No.56

このページの資料は熟年男さんからご提供頂きました。
ありがとうございました。

ご提供頂いた資料は、デューク・エイセス後援会々報の No.0〜No.56 です。
この会報は、1984(昭和59)年から33年間発行されました。

このページの No.51〜No.56 は最後の掲載ですが、
ご提供の関連資料も合わせて掲載いたしました。

No.56 の部分に活動終了のハガキを掲載し加筆修正しました。
僕が無くしたハガキを、熟年男さんがメールで送ってくれました。
ありがとうございました。(2018-7-23加筆)

● No.51 2012(平成24)年3月31日






 上のページ、右下の "ドライボーンズクラブ No.50" は、
 "No.51" が正しいです。原稿か校正のミスと思います。

 下はワープロ刷りの折り込みです。


● No.52 2013(平成25)年4月1日







● No.53 2014(平成26)年4月10日







 下はワープロ刷りの折り込みです。


 この年に吉田さんは引退し、セカンド・テナーを
 岩田元さんに引継ぎました。

● No.54 2015(平成27)年4月15日

 この号からフルカラー印刷になりました。
 この年は結成60周年ですが、紙面はワリと大人しいです。





 下に吉田さん引退と岩田元さんの引継ぎについて、
 後援会々長から "正式なお知らせ" があります。


 下はワープロ刷りの折り込みです。


● No.55 2016(平成28)年4月15日




 上の、谷リーダーの"米軍キャンプの思い出"の中で、
 「初めてのステージは仙台のキャンプで昭和30年8月1日でした」
 と語っています。この日をグループの結成日にしたのですね、なるほど。



● No.56 2017(平成29)年4月15日 ・・・ 最終号

 この号が最後の会報になりますが発行時点では、
 解散終了が発表されていませんので、紙面には
 そのことは書かれていません。







 そして、この会報の約1ヵ月後に
 後援会ではなく、デュークとマネージャーの連名で
 活動終了のお知らせがハガキで届きました



● 後援会々長のご挨拶 2018(平成30)年1月



=-=-=-=-=-=
 あとがき
=-=-=-=-=-=

デューク・エイセスは、
1955年から62年間続きましたが、
後援会々報の発行は後半の33年間です。

僕は約55年間を楽しませて頂きましたが、
興趣が尽きない長編実録 「デューク・エイセス ストーリー」 でした。

例えば、
メンバーの変遷だけを見ても色々な事がありました。
小保方さんから谷口さんへ、そして
飯野さんから大須賀さんへ。
吉田さん引退時は "お嬢の乱" のサプライズも。
そして岩田さんへのバトンタッチから解散まで。
その経緯や人間模様を凝望いたしました。

アルバムや音楽性に関しては、
このブログで10年以上書き続けました。

今回の会報掲載を終了し、僕にとっては
これでデュークの完全終了です。

これからはブログのコンセプトに立ち戻り
カルテットを続けて聴いて行こうと思います。

熟年男さんへ・・・

 今回は有意義な資料のご提供、ありがとうございました。
 会報は僕のほうで保管させていただきます。
 会報と一緒に頂いたコンサート・チラシの掲載については
 僕のモチベーションと相談してみようと思っています。
 申し訳ございません。

みなさまへ・・・

 見て頂いて、そして沢山のコメントでお付き合い頂き
 ありがとうございました。

てんてこ舞い
熟年男さん\提供
posted by てんてこ舞い at 12:00| Comment(8) | デューク・エイセス\資料と雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月11日

ドライボーンズ・クラブ会報 No.46〜No.50 (全56号)

Duke Aces Official Fan Club
Dry Bones Club Newsletter No.46〜No.50

このページの資料は熟年男さんからご提供頂きました。
ご提供資料は、デューク・エイセス後援会会報(No.0〜No.56)です。
ありがとうございました。

このページは No.46〜No.50 ですが、会報に折り込まれた関連資料も
掲載いたしました。

● No.46 2007(平成19)年3月15日









 何となく珍しげなコンサートのチラシ


● No.47 2008(平成20)年3月19日







● No.48 2009(平成21)年3月25日







  上、No.48は2009年3月の発行ですが飯野さんは、
  この年6月に再入院しました。
  (飯野さんは2007年末に1ヵ月半の手術入院をしています。)
  そして、
  下、7月に代役の大須賀さん参加の"お知らせ"が会員に届いたようです。
  "お知らせ"には折り傷があるので別報封書だったと思われます。



  そしてこの年、11月に飯野さんが逝去され、
  次のNo.49で訃報が掲載されています。

● No.49 2010(平成22)年3月24日

  この年の前後は、
  飯野さん逝去の"悲しみ"と大須賀さん参加の"歓迎ムード"が
  ほぼ同時期に、ホームページやマスコミで逐次報じられ、
  さらに55周年記念のイベントやアルバム発売もあったため、
  飯野ファンの方々は、憤りに近い"やるせなさ"を感じておられました。









● No.50 2011(平成23)年4月7日









熟年男さん\提供
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2018年07月01日

ドライボーンズ・クラブ会報 No.41〜No.45 (全56号)

Duke Aces Official Fan Club
Dry Bones Club Newsletter No.41〜No.45

このページのデータは熟年男さんからご提供頂きました。
ありがとうございました。

ご提供頂いた資料は
デューク・エイセス後援会 (ドライボーンズ・クラブ) 会報の、
創刊案内号(No.0)〜最終号(No.56)ですが、
このページは No.41〜No.45 です。

これまでの会報は、定型封筒に三つ折りされて入っていましたが、
このページの会報からは、折り曲げずにA4の封筒になりました。
折り傷がないので画像化がとても楽になりました。

● No.41 2002(平成14)年3月15日







● No.42 2003(平成15)年3月12日







● No.43 2004(平成16)年3月5日







  ワープロ刷りの折り込みです。


● No.44 2005(平成17)年3月20日

  この号は、A4×3の観音開きになっています。
  拡大画像はそれぞれ別に表示します。


  内面のページです。

  ボニーも駆けつけた結成50周年記念パーティ (右ページ写真)

  ワープロ刷りのお知らせが折り込まれていました。

  上右のチラシには
  ダーク、デューク、ボニーのコンサートが書かれています。
  共同コンサートはこの頃からでしょうか?

  世の中の音楽は若者中心で動いているし、
  歌うほうも聴くほうも、そろそろ歳ではあるし、
  観客動員力も含めて、そういう危機感が共同コンサートの
  キッカケと思いますが ・・・ 違ったかも。

● No.45 2006(平成18)年3月28日







熟年男さん\提供
posted by てんてこ舞い at 17:00| Comment(10) | デューク・エイセス\資料と雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月23日

ドライボーンズ・クラブ会報 No.36〜No.40 (全56号)

Duke Aces Official Fan Club
Dry Bones Club Newsletter No.36〜No.40

このページのデータは熟年男さんからご提供頂きました。
ありがとうございました。

ご提供頂いた資料は
デューク・エイセス後援会 (ドライボーンズ・クラブ) 会報の、
創刊案内号(No.0)〜最終号(No.56)ですが、
このページは No.36〜No.40 です。

● No.36 1997(平成9)年3月1日







● No.37 1998(平成10)年3月1日











● No.38 1999(平成11)年3月5日







● No.39 2000(平成12)年3月1日







● No.40 2001(平成13)年3月10日







この号(No.40 2001年)から、ホーム・ページのアドレスが掲載されていますので、
この時期にオフィシャル・サイトの前身がオープンしたと思われます。
同時に読者が投稿出来る掲示板も設置されたと思います。
僕がそれを見つけたのが2003年で、それに刺激され
2004年にこのブログを作りました。


熟年男さん\提供
posted by てんてこ舞い at 14:00| Comment(6) | デューク・エイセス\資料と雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月11日

ドライボーンズ・クラブ会報 No.31〜No.35 (全56号)

Duke Aces Official Fan Club
Dry Bones Club Newsletter No.31〜No.35

このページのデータは熟年男さんからご提供頂きました。
ありがとうございました。

ご提供頂いた資料は、
主にデューク・エイセス後援会 (ドライボーンズ・クラブ) 会報の、
創刊案内号〜最終号 (No.0〜No.56) ですが、
一緒に提供された関連資料も掲載いたしました。

● 1994年11月の新聞切抜です。
 会報No.31の編集と同時期なのでここに表示しました。



  ついでながら、
  僕は便宜上、デュークは黒人霊歌やジャズから始まったと
  あちこちに書いていますが厳密に言いますと、上の記事にもあるように
  スタートは焼跡ジャズやアメリカン・ポップスです。

  黒人霊歌を歌い始めたのは結成数年後からで、
  GGQ(ゴールデン・ゲイト・カルテット)の完全コビーから
  デュークの"DNA"が形成されていきます。
  その"完コピ"の精力と持続力は凄まじく(下ネタではありません)、
  GGQ出会いの衝撃が源泉であったと思います。

● No.31 1995(平成7)年1月1日







● No.32 1995(平成7)年5月10日







● No.33 1995(平成7)年10月11日







  上ページ右下の "No.32" は "No.33" の間違いです。
  単純な校正(原稿?)ミスですが編集のお嬢さんは、
  "アァ、やっちゃった" と思ったことでしょう。

● No.34 1996(平成8)年2月20日







● No.35 1996(平成8)年6月20日







熟年男さん\提供
posted by てんてこ舞い at 12:00| Comment(10) | デューク・エイセス\資料と雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月03日

ドライボーンズ・クラブ会報 No.26〜No.30 (全56号)

Duke Aces Official Fan Club
Dry Bones Club Newsletter No.26〜No.30

このページのデータは熟年男さんからご提供頂きました。
ありがとうございました。

ご提供頂いた資料は
デューク・エイセス後援会 (ドライボーンズ・クラブ) 会報の、
創刊案内号、及び創刊号〜最終号 (No.1〜No.56) ですが、
このページは No.26〜No.30 です。

● No.26 1992(平成4)年8月5日




  上の、右上写真の黒いスジは折傷によるものです。
  顔以外だったら修正が可能ですが、顔は手書きしても
  不自然になるのでそのままにしています。ご了解をお願いいたします。



● No.27 1993(平成5)年3月1日







● No.28 1993(平成5)年7月20日







● No.29 1994(平成6)年1月15日







● No.30 1994(平成6)年6月30日







熟年男さん\提供
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2018年05月25日

ドライボーンズ・クラブ会報 No.21〜No.25 (全56号)

Duke Aces Official Fan Club
Dry Bones Club Newsletter No.21〜No.25

このページのデータは熟年男さんからご提供頂きました。
ありがとうございました。

ご提供頂いた資料は主に
デューク・エイセス後援会 (ドライボーンズ・クラブ) 会報の、
創刊案内号、及び創刊号〜最終号 (No.1〜No.56) ですが、
一緒に提供された関連資料も合わせ掲載いたしました。

● 1991年、谷口さんの逝去を知らせるハガキ (平成3年1月7日付、消印は8日)

  このハガキが会員に届いたのは1月10日前後だったと思いますが、
  僕は元日の新聞でその事を知り、固まりました。



● No.21 1991(平成3)年

  No.21は発効日が1月1日になっていますので、
  会員に届いたのは上のハガキとほぼ同時期だったと推測します。
  「訃報」と「新年おめでとう」が同時に届くのは、ファンにとっては
  気持ちの整理が大変だったでしょうが送る側は、さらに悲痛だったと
  思います。







● 号外 1991(平成3)年の2月下旬、又は3月上旬のことと思われます。

  悲しみにくれつつもデュークと事務所は、
  トップ・テナー欠員に対処しなければいけませんが、
  この号外は飯野さん参加の経緯と紹介になっています。
  またこの間については、ブログ「函館のシト的徒然日記」の
  「小説・デュークエイセス/飯野知彦(その6)」にも書かれています。
  https://hakozsito.exblog.jp/11696313/





  前年からこの年にかけての「35周年記念コンサート」は、
  飯野さんを迎えたので「36年目のコンサート」になりました。
  若干の苦慮が窺われます。

  また、4ページ目の「ビデオのお知らせは」の「35周年記念リサイタル」は
  谷口さん最後の記録となりますが、どのくらいの方がこれを購入したかは
  分かりません。

● No.22 1991(平成3)年6月1日

  飯野さんのお披露目は、テレビでは3月19日のNHKでしたが、
  この会報ではお顔が掲載されました。
  4枚目は読売新聞の切抜きです。
  「36年目のコンサート」の感想が書かれています。







● No.23 1991(平成3)年9月10日







● No.24 1992(平成4)年1月1日







● 1992(平成4)年 リーフレット 「谷口安正氏を偲ぶ」

  この資料は既に掲載していましたが発行者や日付けがありませんでした。
  今回、熟年男さんのご提供により、上のNo.24と同時期に送付された
  別報であったと推測できました。







● No.25 1992(平成4)年







熟年男さん\提供
posted by てんてこ舞い at 17:00| Comment(8) | デューク・エイセス\資料と雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月16日

ドライボーンズ・クラブ会報 No.16〜No.20 (全56号)

Duke Aces Official Fan Club
Dry Bones Club Newsletter No.16〜No.20

このページのデータは熟年男さんからご提供頂きました。
ありがとうございました。

ご提供頂いた資料は
デューク・エイセス後援会 (ドライボーンズ・クラブ) 会報の、
創刊案内号、及び創刊号〜最終号 (No.1〜No.56) ですが、
このページは No.16〜No.20 です。

● No.16 1989(昭和64)年







● No.17 1989(平成1)年







● No.18 1989(平成1)年







● No.19 1990(平成2)年







● No.20 1990(平成2)年7月発行 結成35周年記念特別号

このNo.20 は白黒12頁が中綴じされた増頁号になっています。
そして、その仕様からも分かる様に、デュークはこの35周年を、
さらに飛躍する特別の年と考えていたと思われ、
記念コンサートは各都市での公演が計画されました。(最後の画像参照)

表紙


1〜2頁


3〜4頁


5〜6頁


7〜8頁


9〜10頁


11〜12頁


上11頁の文字が小さい部分は、写真?による複製印刷なので不鮮明です。
読み取れるよう拡大(下4枚)をしてみましたが、これが限界です。



13〜14頁


裏表紙


No.20 と同送された、
結成35周年記念リサイタルのチラシと公演予定都市



上右の公演スケジュールの平成2年分が終了した後、
同年大晦日に谷口安正氏が急逝しましたが、
それについては次回の掲載となります。
熟年男さん\提供
posted by てんてこ舞い at 12:00| Comment(8) | デューク・エイセス\資料と雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月04日

LP\ボニー・ジャックスの15周年記念リサイタル\1973(昭和48)年

ボニー・ジャックスの実況録音盤は少ないのですが、
これは1973(昭和48)年の15周年記念リサイタルのライブ盤です。

コーラス・グループの場合、
結成15年目あたりは充実の壮年期ですが、
ボニーもノリノリのコーラスを聴かせています。

もともとボニーは和物の多いグループですが、
A面の前半ではアメリカ民謡と黒人霊歌を歌っています。

この時期、デュークが霊歌を盛んに歌っていましたので、
ボニーは選曲やアレンジを工夫したと思われます。
「Down by The Reverside」は GGQ やデュークとは違う
歌詞とアレンジで歌っています。

それから、先輩ダークは「小さい秋みつけた」とかを、
ボニーのアレンジを変えずに歌っていましたが、
これは一つの礼儀かも知れません ・・・ 考えすぎかぁ





=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
ボニー・ジャックス\15周年記念リサイタル (KING SKK-830 STEREO 1973) LP
キング・レコード\SKK-830\STEREO 1973(昭和48)年 ¥1,800
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=

昭和48年10月29日 東京郵便貯金ホール

西脇久夫:トップ・テナー
大町正人:セカンド・テナー
鹿島武臣:バリトン
玉田元康:バス

司会:志摩夕起夫

side A

  A1 なつかしのヴァージニア (0:00〜01:29)
  A2 Down by The Reverside (01:29〜03:56)
    ・・・ お話 ・・・ (03:56〜06:54)
  A3 Soon a will be done (06:54〜09:55)
  A4 小さい秋みつけた (10:32〜13:17)
  A5 二つのギター (13:56〜17:38)
  A6 北帰行 (17:48〜20:13)
  A7 一週間 (20:14〜22:30)

side B

  B1 カルテット (組曲形式のオリジナル曲)

   作詞:坂田寛夫 (さかたひろお)
   作編曲:磯部淑 (いそべとし)

   ・ みじかい序曲
   ・ 大きな乳母車
   ・ 歩く男のうた
   ・ 平々凡々のぼん
   ・ ひげに寄せる哀歌
   ・ みじかい終曲
てんてこ舞い\LP
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2018年05月03日

LP\お座敷○秘ソング傑作集\リリオ・リズム・エアーズ

リリオ・リズム・エアーズの "マル秘" のお座敷ソング集です。
収録曲は昭和の時代には歌い継がれましたが、現在は
継承者がいませんので絶滅危惧歌といえます。

そしてこれら、
猥歌、艶歌、お色気替歌など全部まとめて"春歌"と言うらしいです。

ダークもデュークもボニーも歌わなかったこれらアングラ・ソングを、
リリオは果敢にレコーディングしていました。

各曲の歌詞は、地域や集団で微妙に違っていましたが、
このレコードは市販品ですから、若干の自主規制をしています。











収録の数曲はその昔、
男子大学生の、特に体育会系コンパでは盛んに歌われていました。

また、サラリーマンの宴会では
女性が同席していても、悪乗りオッサンがヤラシイ腰つきで
歌うこともありましたが、今なら確実にセクハラ行為です。

うーん、なんというか、話が逸れますが今の企業では、
各種ハラスメントに対する相談窓口を設置しているところも
ありますが、昭和のカオスに慣れ親しんだ僕としては、
チョット過保護やおまへんか、と思ったりします。

純粋培養もいいけれど、雑菌を笑い飛ばす免疫力も必要と思います。

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
お座敷○秘ソング傑作集\伊藤素道とリリオ・リズム・エアーズ
(日本ビクター JMC-9033〜4 STEREO ¥3,000) 2枚組LP
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=

レコードレーベルに
LICENSED BY MCA RECORDS INTERNATIONAL A DIVISION OF
MCA INC., NEW YORK, U.S.A.
MANUFACTURED BY VICTOR COMPANY OF JAPAN, LTD
とありますが、MCAのライセンスで日本ビクターが製造?は、
ちょっと意味不明です。

side A

A1 お座敷小唄
A2 まつのき小唄
A3 馬賊の唄
A4 おたまじゃくしは蛙の子
A5 学科嫌い
A6 野球拳

side B

B1 軍隊のぞき節
B2 ツーレロ節
B3 さのさ
B4 月の夜は
B5 ダンチョネ節
B6 マックロケ

side C

C1 可愛いスーチャン
C2 字あまり草津節
C3 南国の夜
C4 ツンツン節
C5 海軍小唄(ズンドコ節)
C6 新土佐節

side D

D1 大学数え唄
D2 ヨサホイ節
D3 ガチャ目の酋長さん
D4 特攻隊節
D5 小さな竹の橋
D6 ドンパン節
てんてこ舞い\LP
posted by てんてこ舞い at 13:00| Comment(2) | その他のグループ\日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ドライボーンズ・クラブ会報 No.11〜No.15 (全56号)

Duke Aces Official Fan Club
Dry Bones Club Newsletter No.11〜No.15

このページのデータは熟年男さんからご提供頂きました。
ありがとうございました。

ご提供頂いた資料は
デューク・エイセス後援会 (ドライボーンズ・クラブ) 会報の、
創刊案内号、及び創刊号〜最終号 (No.1〜No.56) ですが、
このページは No.11〜No.15 です。

● No.11 1987(昭和62)年







● No.12 1987(昭和62)年







● No.13 1988(昭和63)年







● No.14 1988(昭和63)年







● No.15 1988(昭和63)年







熟年男さん\提供
posted by てんてこ舞い at 12:00| Comment(6) | デューク・エイセス\資料と雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月19日

ドライボーンズ・クラブ会報 No.6〜No.10 (全56号)

Duke Aces Official Fan Club
Dry Bones Club Newsletter No.6〜No.10

このページのデータは熟年男さんからご提供頂きました。
ありがとうございました。

ご提供頂いた資料は
デューク・エイセス後援会 (ドライボーンズ・クラブ) 会報の、
創刊案内号、及び創刊号〜最終号 (No.1〜No.56) ですが、
このページは No.6〜No.10 です。

● No.6 1986(昭和61)年







● No.7 1986(昭和61)年







● No.8 1986(昭和61)年







● No.9 1987(昭和62)年







● No.10 1987(昭和62)年







熟年男さん\提供
posted by てんてこ舞い at 14:00| Comment(6) | デューク・エイセス\資料と雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月07日

ドライボーンズ・クラブ会報 No.0〜No.5 (全56号)

Duke Aces Official Fan Club
Dry Bones Club Newsletter No.0〜No.5

この度、熟年男さんから、
デューク・エイセス後援会 (ドライボーンズ・クラブ) 会報の、
創刊案内号、及び創刊号〜最終号 (No.1〜No.56) を
ご提供頂きました。ありがとうございました。

ただ一つ残念なことに、No.3のみ欠落しています。
熟年男さんも、この欠落を悔やんでおられました。

合わせて、会員に送付された
コンサート・チラシも大量にご提供頂きましたので、
会報のほうから、掲載していきたいと思いますが、
数量が多いため、時間がかかると思います。

尚、ファン・クラブの会報という性格上、
会員の個人情報が掲載されているときがありますので、
名前、電話番号、住所などの個人を特定できる文字には
ボカシ処理をします。よろしくお願いいたします。

● No.0 創刊案内号 1984(昭和59)年







● No.1 創刊号 1984(昭和59)年







● No.2 1985(昭和60)年







● No.3 1985(昭和60)年

  ・・・ 欠番です。

● No.4 1985(昭和60)年







● No.5 1985(昭和60)年







※ 発行年が微妙です。会報に載ってないときは、
記事の内容から判断しました。判らないときはエイヤーです。
熟年男さん\提供
posted by てんてこ舞い at 14:00| Comment(15) | デューク・エイセス\資料と雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする